YOSHIKO KRIS-WEBB(クリス-ウェブ 佳子)スペシャルインタビュー「何をするにも100%楽しくないと」

YOSHIKO KRIS-WEBB(クリス-ウェブ 佳子)スペシャルインタビュー「何をするにも100%楽しくないと」

Yoshiko Kris-Webb(クリス-ウェブ 佳子)

Blog: TOKYO DAME / Instagram: tokyodame / Special Blog: eat, play, laufh suppoted by DIESEL

H 165cm / C 78cm / W 58cm / H 79cm / S 24.5cm (NLINE所属)

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PHOTO_Ena Kitamura / HAIR MAKE_吉田佳奈子 (kanayoshida.com)

 

・お仕事をしながら家事育児と熱心な佳子さんですが

―上の子が4歳、下が3歳になるまで本当に外に出なかったんです。夜飲みに行ったり、お友達とご飯食べに行くこともなくて、ずっと完全な専業主婦をやっていて。そんな生活が続いてたら、いつの間にか“○○ちゃんのママ”とか、“○○さんの奥さん”とか、自分の名称がなくなってしまって、ちょっと世界から抹殺された感情が自分の中で出てきたんです。それが全く気にならない人もいると思うんですが、私はそれがすごく嫌で。自分を見失った感じがしました。それが仕事に戻ろうと思ったきっかけですね。今はちょうどよくバランスが取れて、プライベートも仕事も充実しています。

 

・今に至る経緯は?

―大阪出身で、公立の小学校に通って、中学から大学までエスカレーター式の学校に入学したのですが、全て付属だったのに受験というイベントにハマって、高校も大学もあえて受験を選んで真面目に上を目指していました。大学生になって初めての夏休みに、NYハードコアが大好きな友達の実家に遊びに行って「IRATE」というブロンクス出身のマイナーバンドのレコードを聴いたら、強烈に打ちのめされたんです。“やばい…これ生で聴きに行かなきゃいけない”と思って、すぐにパスポートを取りに行きました。“大学に行ったら何してもいい”と両親が昔言ってた言葉を思い出し、夏休みに1ヶ月間ニューヨークに行きました。でもホテルも取ってないし、往復のチケットだけ手に握って行っちゃったから、JFK空港に着いたらパニック。英語もしゃべれなかったから機内でもおとなしくしていて、喉がカラッカラに渇いてたけど、100ドル札しか持っていないっていう状況で。だから売店で何も買えずに、トイレの水を飲んでました(笑)“もうどうやってマンハッタンに行く?”っていう感じで、とにかく音楽のためだけに行きました。

 

・それからどうやって過ごしていたんですか?

―結局日本の大学を休学して、ニューヨークに留学することにしたんです。語学学校に通い始めたんですが、そこに行く時間さえ惜しくて、バンドの練習とかツアーに付いて行ったりの生活。全部で4年半の留学期間でしたが、仕送りが一切なかったので、途中お金が底をついてしまって。どうしようって思っていたら、偶然住んでいたマンションの下にブティックがオープンしたんです。オーダーメイドで、有名なシンガーや俳優さんがくるようなお店だったんですけど、上に住んでたからすごく重宝されて、働かせてもらいました。デザイナーさんとお針子さんとわたししかいないという環境で、そこを行き来するお客さんからも英語を教えてもらったり。そうしているうちにファッションも楽しくなってきて、みんなでコンポジを作ったんです。カメラマンさん、メイクさん、たまごのモデルちゃんを集めて、みんなでLook写真を撮ったり。その作品を日本に持って帰って、いろんなアタッシュドプレスの会社に“雇ってください”って言いに行きました。当時は本当に情熱だけで動いてたなあ。

 

・思ったら即行動するタイプだったのですね

―興味のあることや、やりたいことに対しては即行動するタイプですね。結局、京都にあるセレクトショップでバイヤーとして働くことになりました。他のバイヤーの知らないデザイナーほど面白いという時代で、新人デザイナーを紹介したいからってニューヨークやロンドンに行ったり…。夫に出会ったのはその時でした。そこから本格的に帰国しましたが関西でのお仕事には限界があって“本気でファッションやるなら東京に行かなきゃ”と思ったのが11年前。そして12月27日、お家は決まっていたけど、とりあえず服だけ持って、車一台で父親と東京まで来たんです。いろいろ話しながら運転してくれて、長いトンネルがあったんですが、それを抜けると雪景色でした。でもその時流れていたのがJ-WALKの「君が居た夏」!だからすっごい覚えてる(笑)今までの人生でベストなドライブでした。

 

・そして現在のお仕事をするに至った経緯は?

―ニューヨークでは音楽をプロデュースして、それからファッションのブランドをマーケティング、PRするようになり、その中でやっぱり自分はマネジメントをしたり、裏方の仕事をするのが好きということに気付いたんです。元々プレスにいたので、仕事をするならまたその世界がいいと思っていました。そろそろ仕事復帰しようかと思っていた28歳の時、家族で西郷山公園を散歩していたら、たまたま家族スナップを撮影していたVERYの撮影クルーに出くわしたんです。そこでVERY編集長の今尾さんに声を掛けられました。その頃のわたし、真っ黒な髪で、前髪もパッツンで、サングラス掛けて、真っ黒なヴェルンハルトウィルヘルムの服着て、スニーカーもうどんみたいな太い紐がついてて…。ちょっと飛んでる感じだったんです(笑)あとから聞いた話では編集長はわたしのことを外国人だと思っていたみたいです(笑)

 

・それからはすぐにモデルに?

―最初はモデルになるなんて思ってませんでした。でも今度は表参道を同じように家族で歩いていたらまたVERYの撮影クルーに声を掛けられて、それが3回続いたんです。それがきっかけでVERYの読者モデルをさせていただくことになりました。ご縁があってそういうお仕事を与えてもらいましたが、今まで自分が培ってきたものとは全然違ったので最初は戸惑いました。でも何かしら自分で価値を見いだして、積極的に関わっていこうと思ったんです。28歳から2年間読者モデルをやらせていただいたんですが、こんなスタイルだからVERYになかなか馴染まなくて(笑)私服スナップの時は必ず、“もうちょっとVERY寄りにしてください”と言われてました。昔はフードをジャケットの外に出すことや、ニット帽も、だて眼鏡も、サングラスもダメで。そういった撮影をしていく中で“自分らしさを出せないこととVERYと自分とのギャップに悶々とするようになって。読者の方も突然出てきたわたしに対して“この人だれ?”という印象だっただろうし、編集部の方たちもまだわたしのことをわかってなかったと思います。

 

・そこから今のように変わったキッカケは?

―ご紹介で凄腕のマネージャーについてもらえることになったんです。彼女はVERY誌面でのわたしと実際のわたしとのギャップがありすぎるからと“自分自身を知ってもらうために、まずはブログをしなさい”と言ったんです。最初は読者にではなく、雑誌を作る編集の人に自分を知ってもらうことが大事だって。でも名だたるブロガーが出始めたのがちょうどその頃で、そんな時に自分がブログを書くことはおこがましいと思いましたし、当時はメディアに出ていないわたしがプライベートをシェアするという感覚がまだ理解できませんでした。しぶしぶ始めたブログではありますが、始めたからには情報のコンテンツとしてちゃんと意味があるものにしたいと思い、一つ一つ時間をかけて書きました。それは今も変わりません。そうしているうちに少しずつ受け入れられてきたのかな、コサージュが胸についたツイードのセットアップとか、明らかに私が着る服じゃないなっていう撮影はなくなりました(笑)その頃からVERYもだんだん変わってきて「ハンサムマザー」という言葉が出来たり、モードなスタイリストさんが入ったり、扱うブランドも変わってきたように思います。

 

・それからは順調にいきましたか?

―30歳から専属モデルとなり順調に仕事をしさせてもらっていた32歳の時、自転車事故にあったんです。いつものようにマウンテンバイクに乗っていたら、交通事故の後の陥没した穴に顔から落ちて…。顔の内側からも外側からもいろんなところが割けて、骨も折れ、顔を27針も縫いました。そのときはモデルとしてよりも女性として終わった気がして、しばらくは痛みよりもショックの方が強かったですね。その期間もブログを書いていたんですが、お仕事もしないしご飯も作れない、ブログに書くことが本当になにもなくなって…。だから読者さんに、質問や相談を募集したら意外と送ってきてくれたんです。それに私なりの考え方できちんと答えていたら、いつの間にか人生相談のようになり、幅広い人からメールをもらうようになったんです。これがきっかけで後に誌面の企画やコラム連載に繋がりました。ちなみに事故のケガに関しては治癒力がすごく高くて、事故の一ヶ月後には復帰して仕事をしてました。復帰して最初の撮影がなんと自転車(笑)

 

・モデルをすることに対して家族の反応は?

―VERYのこと、ブログをやっていることはずっと父には言ってなかったんです。でも周りから聞いたり、わたしが出ていたCMを見て気付いたらしくて。ブログでは家族のことや母親のことも書くから恥ずかしかったけど、きっちり読んでくれているみたいです。あまり意識しないようにしてますが、応援してくれてるし、常に気に掛けてくれています。

 

・モデルのお仕事で好きなところは?

―撮影は、とくに物撮りに近い撮影が好きです。ジュエリーを何重にも付けて、カメラマンさん、スタイリストさ ん、ヘアメイクさんそれぞれがパーツで見てて、わたしも微動だにしない。みんな見てる視点が違うから選ぶ写真も違う。撮影現場でディスカッションしながら、あれこれできるスタッフと一緒にやる時はすごいテンション上がります。カメラマンさんで、いつも“あとちょっといいですか”“あと10カット撮らせてください”っていう方がいるんですけど、その10カットで至極の一枚が出てきたりするんですよね。そういうテンションがすごく素敵で、そういう時が一番楽しいって感じます。初めて一緒にお仕事をする人がいたら、会う前にその人のウェブサイトを必ず見て、どんな作品撮ってる方なのか勉強してから行くようにしてるんですけど、一人面白いカメラマンさんがいて、会った時に“ちょっと散歩しましょうか”って六本木の街を20分くらいかけて散歩して。普通に話をしたんですけど、知り合うためのセッションを設けてくれた人は彼が初めてでした。お散歩しながらおもむろにシャッター切ったりして、面白かったですね。

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PHOTO_Jiro Konami

 

・普段どんなライフスタイルを送っていますか?

―家に人を呼ぶのが好きです。みんなでワイン持ち寄って、家でワイワイやってるのがいい。この前ZARAのコンテンツの撮影で、TOKYO DANDYのDAN BAILEY(ダン・ベイリー)が撮影してくれたんですが、相方のジョーも前の日から一緒に泊まってくれて、みんなで携帯のbluetoothで音楽飛ばしてiPhone DJやって踊ってました(笑) 今は子どもが小学4年生と3年生なので、夜の時間は毎日彼女たちと一緒に過ごすようにしてます。普段は遊んで疲れてクタクタで9時には寝てますが、金曜日だけは好きな時間まで起きてていいというルールなんです。土曜日は子どもたちが習い事に行ってる間、夫と一緒にランチデートしたり、家具屋さん巡りをする。そして日曜日は家族で団体行動。東京のガイドブックの中から子どもに行きたいところを自由に選んでもらい、彼女たちが調べて地図を持って歩くという。私も大阪出身だし、夫もイギリス、東京を改めて観光したことってあまりなくて、結局自分が住む街って一番知らないですよね?積極的に迷子になるようにして歩くと、面白い発見もある。この前、神楽坂で迷子になっていたら下の子が「このネコちゃん知ってる!」って言い出して。初めて来るから知ってるわけないと思ったら、なんと巷ではちょっと有名なネコだったらしく、ガイドブックの端に載ってたのを覚えてたんですって(笑)わたしなら絶対見逃しちゃうけど、子どもって本当に面白い。いつも日曜日で気持ちがリセットされるんです。

 

・お子さんの存在がとても大きいのですね

―子どもが出来てからは、子どものフィルターを通して毎日新しい発見がある。ずっと音楽を聴かせて育てているから、最初はテレビを置いてなかったんです。でもやっぱり映画は観せてあげたいと思って、今はわたしの寝室に置いて、一緒に観ています。子育ても実験的なものだと思っているので、育児書は一回も読んだことがない。 自分なりのものが人それぞれあっていいと思っていて、私なりの子育てというか、それぞれの子どもたちに、子育てのされ方もあると思っています。ちょうど12月10日で長女が10歳になるんですが、10歳になったらニューヨークに連れていくと約束していて。次女が2月14日のバレンタイン生まれで、夫もちょうどその頃はニューヨークコレクションで向こうに行くので、後追いしてニューヨークで落ち合う予定です。長女の夢は舞台女優なんです。幼稚園の年少の時、CMにキャサリン・ゼタ=ジョーンズが出てきて、“この人になりたい”と思ったんですって。だからミュージカルをいっぱい見せてあげて、ミュージアムもいっぱい連れて行ってあげたいです。

 

・お仕事をしながら、家事や子育てをする上で大事にしていることは?

―何をするにも自分が100%楽しみたいと思っています。仕事も100%、家のことも、子育ても100%でやりたい。完璧主義者ってわけじゃないんですけど全部キチっとやりたくて、妥協はしたくないんです。でも大事にしてるのは“まあいっか”という気持ち。諦めではなく、自分を許すことを大事にしています。それから家事も炊事も洗濯も何もしない日を2週間に1回くらい作ってます。ちょっと気持ちがいっぱいで水が溢れそうになる前にそういう一日を設定して、積極的に100%なまける。そうすることで、うまくバランスが取れるようになったかなって思います。

 

・ファッションは昔から好きだったのですか?

―父がファッションが大好きな人で、コム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモト、イッセイ ミヤケなどを着ていて、昔から一緒に買い物に行くのは父でしたね。“着道楽”って言ってるんです。いいでしょ?わたしの時代はヨウジ、MASAKI MATSUSHIMAとかが流行った時代で、全身MASAKIで学校に行ったりしてました。高校生で制服は決まっていたけど、靴下はみんなラルフ、だけどわたしはビビアン。ビビアンの靴下を履いて、お団子作ってそれをビビアンのハンカチで巻くみたいな。今と違ってファストファッションがない時代だから、欲しいものは無理してでも買う。という選択肢しかなかったんです。あとはルイヴィトンのヴェルニシリーズのバッグを19歳の時に買ったんですが、それをNYに持って行ったらすごくおかしくて。その時に“間違ってる”って気付きました。わたしはその鞄が欲しかったんじゃなくて、ルイヴィトンだから欲しかったんだなって。そこで高級ブランドについて考えるようになり、自分に見合うようになってから買おうという考えに切り替わりました。私の中でシャネルは40歳、グッチは50歳、エルメスは60歳、だからどれも持っていないんです。30代に入ってからは、自分の母が30代の頃に着ていたサンローランが好きになりました。

 

・最近のファッションは?

―昔は本当に黒い服が多くて、クローゼットは真っ黒でした。公園でも黒子みたいなお母さんが一人いるみたいな感じ(笑)でも子どもの服を買っているうちにカラフルなものが好きになって、30歳を過ぎてから大人なピンクが着たいと思い、ピンクを買ったらまた楽しくなって。そしたら緑や青っていう自分の好きな色が出てきたんです。今まで損してたなあってすごく思いました。だからスタイルも色も、“これはわたしのスタイルじゃない”って決めないことにしています。この間、PLSTとコラボして作ったカプセルコレクションを、実際にお客さんに接客して着てもらうという企画があったんですけど、やっぱり自分の中で固定観念に囚われてる人が多かった。でも勧めて着てもらったら、新しい自分を発見してすごく喜んでくれましたね。雑誌って強迫観念の押し売り。今シーズンはコレとか、スカートの時はこうじゃなきゃとかあるけど、そういうのをとっぱらったらいいと思ってます。30代で子どもがいます、専業主婦です、兼業してますっていう人のファッションが、こうっていう風だ、と思ってほしくない。だからVERYとかけ離れたスタイルの時に、あえてブログに今日のコーディネートを上げることがあります。

 

・オシャレする時の掟は?

―洋服を着ることで、周りの人に楽しんでもらいたいっていう気持ちがあるので、パーティーの時はとびっきり着飾る。この前お仕事でタイに行った時、最終日の打ち上げで、みんなでオシャレなバーに行くことになったので、空き時間の3時間を使ってショッピングモールでお買い物したんです。せっかくだからドレスは地元のデザイナーさんのものにしようと探しまわって見つけたのが、ミニのチューブトップで下がロングのシフォンのドレスでした。それを着て髪もアップにして、みんなとロビーで集合したら“リサイタルに行くんですか?”って(笑)でもバーに行ったらわたしと同じような人たちがたくさんいて、本当に日本人ってドレスアップの文化がないなーと改めて思いました。一回着たドレスはインパクトがありすぎるので娘に譲るようにしてます。靴も毎シーズン、すっごいヒールで到底歩けないようなものを、チャレンジシューズとして買うんです。それを買うことで気合いが入るし、周りもアガる。せっかく女の子なんだから、浮いちゃうことを意識してやらないのはもったいない。ファストファッションがある今、手軽に出来ちゃうんですから!

 

・今後の活動について

―やっぱり何かをプロモーションする仕事がしたいですね。そう思うようになったキッカケは、資生堂のパーティーをオーガナイズするお仕事をした時。ただの新作発表会をやるのではなく、一つのイベントとしてやりたくて、製作の人とやり取りしながら試行錯誤して、結果600人くらい来てくれたんです。その時、ネオン管でサインをつくる人やイラストレーターさんだとか、モノを作る人たちと直接やり取りさせてもらって、これからはそういう人たちをマネジメントしたいと思い始めたんです。とくにわたしのマネージャーが、マネージャーとしては本当にトップクラスの人だから、彼女の仕事ぶりを見ていて、わたしも誰かをマネジメントできたらいいなって。ちょっと前まではファッションPRに戻りたいという気持ちが強かったんですが、いまはトントンくらい。モノかヒトか。でもどちらにせよ何かをプロモーションする仕事をしたいですね、これはNYに行ったきっかけからぶれてないですね。

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PHOTO_Ena Kitamura / HAIR MAKE_吉田佳奈子 (kanayoshida.com)

 

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