TAIKI スペシャルインタビュー「みんなに支えられて今の自分がいる」

TAIKI スペシャルインタビュー「みんなに支えられて今の自分がいる」

TAIKI(Instagram: taiki_jp/Twitter: Taiki_JP)

H 186cm / C 85cm / W 73cm / H 94cm / S 27.5cm (FRIDAY所属)

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PHOTO_Ena Kitamura

ニューヨークでのコレクション、エージェンシー探しを終えて帰って来たモデル・TAIKIさん。あどけなさと坊主ヘアが一度見たら忘れられない、今注目したいメンズモデル。気さくで謙虚な姿勢が印象的な彼に、ニューヨークやパリでのお話をお伺いしました。

 

・ニューヨーク(以下: NY)から帰国したばかりですが、今回はどのくらい行かれていたのですか?

—コレクション時期に合わせて行ったのですが、今後NYに拠点を移してモデルの活動をするつもりなので、エージェンシー探しもあって1ヶ月くらい行っていました。もともと所属していたところがあったのですがそこがクローズしちゃったので、また新しく探さなきゃいけなくなって。3年ぶりに行ったのですが、やっぱりNYは面白い。今回はエージェンシーも決まって、ショーも7本出れて、models.comというサイトにも名前を登録していただけました。

 

・エージェンシー探しは順調でしたか?

—ひとりでエージェンシーを探すのって正直超しんどくて(苦笑)アポを取ったり、直接行ったり全部自分で僕はやっていたのですが、海外のエージェンシーでは“オープンコール”っていって、エージェンシーが設けてる誰でも見てくれる時間があったりするので、そこを狙って行ったりしましたね。今までパリ・ロンドン・ミラノと全部自分で歩き回って探したけど、それでもやっぱり大変。自分と同じようにエージェンシーを探しまわってる友達と「この苦しみはいつかバネになるよ!」って励まし合ってました。でもやっぱりトップエージェンシーはアポもうまく取れなかったり、いいところまではいっても面接にはいかなかったりで。若い時は勢いがあって何でも出来たけど、最近はもう精神的に辛くなったりしますね(笑)

 

・エージェンシーは決まったんですか?

—最初は全部のエージェンシーを周ってから自分に合う、そして所属のできるエージェンシーを決めるつもりだったのですが、3つ目に受けたところがものすごくウェルカムで「よくうちに来てくれた〜!他のところ行かないで〜!」みたいな感じで受け入れてくれたんですよ。こんなに歓迎してくれるならいいんじゃないかなって。 フィーリングも合ったので直感で「ここにしよう!!」と、その場ですぐ契約書にサインをして所属することになりました。エージェンシーによってもカラーがあって、例えば、ここの事務所は個性的なモデルが多い、ここは新人モデルを売るのが上手、ここはトップモデルだらけ、ここは黒人が多い、 アジア人が多いなど様々。また、ここはファッション系に強いエージェンシー、ここはコマーシャルに強いなど、色んなタイプがあります。でも今回のファッションウィークはこのエージェンシーで頑張ってみようって決めました。

 

・7本歩いた中で、一番印象的だったショーは?

—『LIBERTINE』です。個人的にもここのブランドの服がタイプだったのもあるし、キャスティングに行った時点で即採用してくれた。その場でデザイナーさんが名刺を直接くださって「この日ショーだからショーでね」っていう感じ。今回そのように言ってくれたブランドは他にもありましたが、ここは特に嬉しかった。デザイナーさんにキャスティングで名刺を頂いたことなんて今までなかったですからね!!そういうキャスティングって自信が付きます。「え?そんなに今イケてる?」みたいな(笑)逆に悔しかったのは、もう歩くことが決まったっていうお返事をいただいていたのに、結局キャンセルで出れなくなったこと。でもそういうことって海外ではよくあるし、悔しいけどそれよりも即採用してくれたキャスティングが印象的ですね。

 

・今回のNYコレクションで獲たものは?

—今回たくさんのショーを歩かせて頂けたことです。とっても嬉しかった。でも本当は誰もが知っているような有名ブランドのショーを歩きたかったのですが、そのようなブランドのキャスティングにはあまり行けなくて。その代わり、たくさんのショーに出れたことにより注目してもらえるようになり、NYのマガジンからもシューティングのお話を多数頂いたりもして。あとコレクションが終わった後に、所属するエージェンシーの中で結果を出した方だったので、僕を含めエージェンシーの中から3人が特別なキャスティングに呼ばれました。これからの自分にとってとても大きなチャンスだったので、日本に帰りたくなかった。早くNYに戻りたいです。ショーにたくさん出て自分という存在を知ってもらったのは、次に進む大きな一歩だと思っています。

 

・そもそもなぜNYで活動しようと思ったのですか?

—モデルを始めたいと思って色んな人に相談するうちに、NYはトップモデルが集まる街っていうのを教えてもらったんですよ。ヨーロッパはどちらかというと作り手さんたちの方が多い街、それに対してNYはビジネスとしてのマーケットが大きい。だからそこをベースにした方が自分の顔も売れるかなって。キャスティング会社やブランドにもよるけど、パリ・ミラノ・ロンドンは結構ブックを見るのに対して、NYはあまりブックを見ないところが多いのも面白い。生で勝負してくれるから、本当にいいと思われればその場で使われるし、ブックに惑わされない。自分たちの仕事に自信を持ってやってるって感じ。NYは新しいものを発見して世の中に出すのも上手だし、やっぱり面白いよね。

 

・NYの前にはパリに居たこともあるんですよね?

—これはモデルだけじゃなくてヘアメイク、スタイリスト、フォトグラファーなどなどアーティストの方々もそうなのですが、いきなりNYってレベルが高いのでNYで仕事をしたいと考えている方の場合、ヨーロッパで修行、段階を踏んでから行く事が多い。自分もパリに2年前に一年間住んで修行をしました。初めてパリに行ったのは4年前くらい。 コレクションが始まるっていうのを周りから聞いて飛んで行ったんですけど、それがレディースのコレクションの時期で(笑)パリに着いたら「なんであんたレディースの時に来たの?」って聞かれちゃいました。当時はレディースとメンズがあるってことすら知らなかった。それにブックなんていらないって話を聞いててほぼ手ぶら。今考えるとありえないですよね。結局その時はエージェンシーも決まらなかったんですけど、熱意だけは伝わったみたいで周りに色々教えていただいて。次こそ絶対決めたいと思ったので、ちゃんとコレクションの時期を調べてもう一度行きました。最初は新しく出来たばかりの小さなエージェンシーに所属させてもらったのですが、その後Daisuke UedaさんとかCHIHARUさんが所属するエージェンシーのブッカーにうちにこないかとお誘いを頂き、そこのエージェンシーに移籍しました。「尊敬、憧れのダイスケさんと一緒のエージェンシーだー!」と、そのお誘いを頂いたときはとても嬉しかったです。今はそこのエージェンシーは無くなってしまいましたが、無くなってしまってから、更に大きな有名エージェンシーに移籍しました。ラッキー!!

 

・パリでは主にどんな活動を?

—その時は資料作りとパリコレっていうのが目的で、あとは色んな人に自分を知ってもらえればいいなという思いでした。僕の場合、日本では海外向けの資料作りは難しいと思っていたので、パリでいろんな撮影をしてブックを強化することが海外で活動するには重要なことだと思いました。逆にウォーキングとかはメンズの場合はそこまで上手ではなくてもいいかもしれません。もちろん綺麗に歩ける事は重要な要素の一つですが、外国人のコレクションモデルでちゃんとウォーキングのレッスンとかって行ってたって話、あまり聞いたことがないかも。もし歩き方がそんなに綺麗ではないとしても、それは個性の一つだと受け止められる場合もあるので、メンズの場合は絶対に綺麗に歩かなきゃダメなんてことないと思います。それよりも緊張している感じが相手に伝わるような歩き方のほうが絶対ダメかも。あとは考え過ぎながら歩くとか。自然に堂々と歩ければそれでいいと思います。ただターンをするとか、出だしの一歩をどう歩くかとかは、見せ方の一つとして練習したほうがいいと思う。逆にウォーキングに自信がないって思う人の場合はとことん自信がつくまで練習すればいいと思います。ちなみに僕は自信がなくてとことん練習したタイプですが、そんなにウォーキングはまだ上手じゃないかも(笑)

 

・パリでの一番の経験は?

— パリを経つ前日にCR Fashion Bookの撮影をしたんですけど、それはやっぱりすごくいい経験で、自分の中で大きかったですね。スタイリストが元フレンチVOGUE編集長、現CR Fashion Book編集長でもあるCarine Roitfeldで、フォトグラファーはDior CHANELの広告などなど撮っている偉大なJean Baptiste Mondino。どこかの倉庫みたいな大きいスタジオで、来ているアジア人もみんなトップモデルたち、小物も全世界から取り寄せて、もう別世界。ケータリングも見たこともないくらい豪華でした(笑)「なんで自分ここにいるんだろう」とも思ったけど、それはパリに居たから!日本にいたら声は掛かってないと思うと、やっぱり海外にいる方が可能性は大きいですよね。

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・モデルを始める前からファッションには興味があったのですか?

—ファッションは好きだったから、原宿に行くとストリートスナップに声を掛けてもらって、どこかに小さく載せてもらったりするのに喜びを感じるくらいでした。でもこれが仕事だったら楽しいだろうなっていう思いはどこかにあったかもしれない。こだわりは小さい時からあって、よく考えると小学校低学年の時からファッション通信をずっと見てたな。留守番の時とか一人で見てて「なんでこの人たち服着てるのにおっぱい出てるんだろう」とかずっと考えてました(笑)その頃はそれがかっこいいとかは分からなかったけど、きれいなものとか美しいものは好きだったから、何か感じてたのかもしれない。もしかしたらその頃から縁があったのかも。今思うと繋がってますね。

 

・いわゆるオシャレが大好きな子どもだった?

—うーん…ってわけもなかったんですよね。地元の北海道でアイスホッケーを小学校2年生から高校卒業まで、東京に来てからも大学4年間ずっとやっていて、14年間アイスホッケー少年でした。お兄ちゃんの影響で始めたんですけど、小学校の6年生を送る会の時にアイスホッケー部だけいいところのホテルのレストランでディナーできるっていう話を聞いて「じゃあやる」って入ったんですよ(笑)母親にはお金は掛かるし送り迎えも大変だし、こんな荒々しいスポーツは性格的にも向いてないからやめなさいって言われてた。楽しかったのもあって辞める事は考えていなかったのですが、きっと辞めなかった理由は他にもあって…その時、自分は普通の男の子とは何かが違うということを感じ始めていて、アイスホッケーを辞めてしまうと普通でいられなくなるかも、というのが怖かったのだと思います。他には、昔から料理が好きで家族に御飯を作ったりはしてました。お菓子も得意で、シフォンケーキは一番こだわってたかな。どんだけあれをフワフワにさせるかっていう世界で(笑)男っぽいスポーツもやるけどお料理したりとか、へんな子だったと思う。

 

・沢山の一面を持っていたということですね

—そうなんです。そしてある時に自分自身のことに気付いて、悩み、そしてついに両親に自分がゲイであるということをカミングアウトしたことがありました。あはは。そっちの面もあるんです僕(笑)言わなくても気付きますよね(笑)それで、あることがきっかけでカミングアウトをしてしまったのですが、でも自分がゲイだということは両親にも友達にも絶対に言いたくありませんでした。親にはショックを与えたくなかったし、偏見を持たれて差別されたり、いじめにあうと思うと誰にも言いたくなかった。その時はこっそり、隠して生きていくのが一番いいと思っていて、そのような想いも母に伝えました。本当は絶対に言いたくなかった。言うべきではなかったと。すると母は僕にとって驚くことを言ってきたのです。「あんたが、そうやって人のことを差別するような人間だから、自分も同じ事をされると思ってるんだよ。あんたが人をそうやって差別する人間じゃなかったら、 そのような心配なんてしてないんじゃない?」って。とても僕にとって衝撃的な言葉でした。

 

・お母様の一言で何か気付かされたんですね

—当時、僕は自分自身のことを認める事ができず、自分のことが大嫌いでした。そしてその時、自分がそんな生き方をしていたと気付かされました。母は更に僕に言いました。「もし、偏見や差別が怖いのなら、何か、誰にも負けないステータスの高い生き方、仕事をしなさい。トップの仕事をすれば、あなたのセクシュアリティについてなんて何も言わない。そして人間として愛される人間になれば、セクシュアリティなんて全く関係ない」って。そして最後に、小さい頃からいろいろ問題児だった僕に「あんたはまたこうやって親を成長させて! 親の人生の視野を広げてくれてありがとう」と言いました。僕はもう号泣でした。そんな両親には自分のランウェイでの姿をまだ生ではみせてあげたことがないので、いつか見てもらいたいです。この前のNYでのショーの動画を何本か送ってみたら、「ちょっと顔動き過ぎじゃない??顔が動くのが目立って服に集中できない。服を見せるのが仕事でしょ!」とダメ出しをくらいましたけど(笑)

 

・モデルになろうと思ったのはその後?

—大学で就活の時に自分がやりたいことってなんだろうって考えた時、日々努力、成長を感じる人生を送りたいという思いが強くて、それに対して究極を考えたらパリコレモデルになることが頭に浮かびました。モデルってすごいオーラを感じるじゃないですか。あれってその人の生き方が現れてると僕は思ったんです。しかも言葉も発しない。話すこともせず、歩くだけ、ポーズをとるだけなのに物凄い空気感。あのオーラには、物凄い努力やその人の色んな経験がつまっていて、パリコレを歩く為にはものすごい努力が必要なんだと思って。そこから「パリコレを歩く」を僕の人生の目標としました。そして母からの言葉も自分の中で響いていて、やるならただのモデルではなく、世界に通用するモデルにならなっくちゃって!トップにならなくてはと。ステータスを高く持ったモデルになりたいと思いました。

 

・その時の周りの反応は?

もともと服が好きだったり身長はあったけど、スポーツ推薦で東京の大学に入ったからモデルなんてまるで未知の世界。でも目立ちたがりやだったし、自分の好きなこととか特徴が全てが重なり合ったんです。最初、モデルになるっていうのをみんなに言うと、ばかじゃないのって言われると思ってたけど、案外みんな押してくれて凄く嬉しかった。だからもう「絶対なる!」っていう感じで(笑)自分が発すれば応援してくれる環境が徐々に出来てきて、もともとは遠い世界だと思ったけどみんなのおかげでだんだんと近付いて行きました。でもまさか本当にパリコレで歩くとは思わなかった(笑)

 

・モデルとして自分の強みってありますか?

—メンズのアジア人の中で一番肌が白いっていうところ。あと最近はこの(坊主)ヘアスタイルがハマってきてる。もともと坊主にするつもりなんて全くなかったんだけど、今年1月にRick Owensのショーで初めてパリコレに出た時、ショーが始まる30分前くらいになってRickに「やっぱり坊主にして!」って言われて。もうその時は出れるならなんでもよかった(笑)そこで坊主にして、次のシーズンからロンドン、ミラノでもデビューできて、パリも増えて、意外と坊主ハマってるんだって思いました。アジア人の坊主モデルって他にもいたんだけど、すごくマッチョだったりで男らしい感じだったのに対して、僕はどちらかというと一休さんみたいな!ある意味それって面白いのかなって。童顔だし、坊主しなさそうな子が坊主っていうのは新しくて不思議なのかも。だからキャスティングでは絶対印象に残ると思う。

 

・東京コレクション(以下:東コレ)も迫っていますが東京でのショーに出る予定は?

—実は、4カ国やったのに東コレだけは一回も出たことがないんです。出れるかな。出るとしたら、どこのブランドが一番最初に使ってくれるかな?過去にオーディションに行かせてもらったことはあるんですけど、僕は肩幅が広い方なのでブランドによってはサイズが合わなかったりもする。東京ブランドの服はタイトですからね。でも着れる服があれば着させてもらいたい。坊主ヘアも外国では受けるけど、日本での需要を考えるとまだそんなには求められてないのかも。なんとなく坊主のイメージ的に日本では仕方ないかもしれませんが、最近少しずつ日本のブランドからも声が掛かることが増えて来たから、これから坊主くるのかな?よろしくお願いします!!!

 

・日本でもぜひ活躍してほしいです

—ありがとうございます 。そうなれるように頑張ります。ただ日本のファッション業界で活躍するためにはもっともっと海外での経験が必要なのかもしれません。他のアジアの国の場合では雑誌とかでもあまり外国人のモデルを使わずに、国内のモデルをたくさん使う。やっぱりそれは自分の国から世界に行ってほしいっていう願いもあって育ててるみたいです。ちょっとそこは日本とは逆かもしれないですね。日本では海外で経験のあるモデルをよく使う傾向があるので。日本にはほとんどそういう機会がないのは残念だなと思います。もっともっと日本のファッション業界が日本人モデルを育ててくれれば世界で活躍のチャンスがあるのに、すごく勿体ない。日本は分かりやすいものを作らないと読者に見てもらえないっていうのがあるのか、白人のきれいなモデルを使って分かりやすくすることが多いのかな。僕もまだまだたくさん海外で経験を増やし、日本のファッション業界にも自分の存在を知ってもらえるように頑張ります。

 

・モデルとしてのお仕事ってゴールはあるんですか?

—人によってそれぞれだけど、世界を目指してるモデルさんだったら一番やりたいのはブランドの広告だと思う。あと分かりやすいのはmodels.comのランキングで10位以内に入りたいとか、沢山ランウェイを歩いて歩いたショーの数で他のモデルと競ったり、仕事量だったりギャラだったり、それぞれが目標設定をしてますね。もちろんパリコレでショーを一本歩けたらそれで満足な人もいて、自分もパリコレ出るのが最初の目標だったけど、今の目標はブランド広告。以前、先輩モデルの方が、広告を目標とするならば「パリコレなどのショーはただの顔見せだから」っておっしゃっていて、ランウェイは絶対条件にあって、そこでキラキラしてたら広告にいけるかもしれないって。もうごもっとも!だと思って。でもそこに行くだけでも大変なんですけどね。そして、自分の着た服がたくさん売れることを僕は願いますね。自分が着させてもらった服がたくさん売れる、それこそがモデルの仕事の意味だと思ってます。

 

・やりたいブランドの広告はありますか?

—プラダが好きだから、いつかプラダの広告をやりたい。でもプラダは正統派だし、今は坊主スタイルが定着してるからハイブランド系は坊主だとさすがに当てはまらないのは自分でも分かってるんですよね。それについてはどうしようかと思ってる。坊主は段階の一つだし、今度また自分がどう変わっていくのかは分からない。でもやれることは全部チャレンジしたいと思ってます。ブランドが自分に興味を持って見つけてくれたらいいなと思う。TAOさんが“TAOカット”で一気にブレイクしたみたいに、坊主な自分を面白いと思ってくれたらいいな。

 

・これからの目標は?

—正直、今のままでいいかな。今が満足と言いたい訳ではなく、もちろん更にレベルアップしていきたいです。でもレベルアップは目標ではなく、自分にとって当たり前にようにしないといけないこと。僕にとって目標はアジアを代表するモデルになること。これは必ず「なる」。なんて言うんだろう、目標っていうか「なる」です。コツコツコツコツ今までやってきました。これからも僕はコツコツ自分の夢を掴んでいきます。だから今までどおり、コツコツコツコツ。階段を上がるスピードはゆっくりかもしれないけど、降りたことは一度もないと思います。そして諦めてしまったことなんて一度もない。コツコツ自分らしくやって「なる」。このままこの姿勢を継続したい。そしたら、結果は必ず出てくると思ってます。そして、その結果に対して僕を起用してくれた方々、僕を支えてくれる周りの方々への感謝の気持ちを絶対に忘れずに。大きな壁、困難はたくさんあります。悔しい思いなんて今ままでたくさんしすぎた(笑)でも、周りの方々が僕を支えてくれたおかげでここまでやってこれました。そしてこれからも。来シーズンからはNYに拠点を移して活動の幅を広げていく予定です。海外では自分のやりたいことのチャンスもたくさんあるし、そのチャンスを掴みたい。モデルとしてのキャリアアップは僕の人生のステップアップでもあります。まだまだ僕はこれからです。

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PHOTO_Ena Kitamura

■FRIDAY

http://www.fridayfarm.net/

 

 

 





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